Mission Conference ②地域社会の神の村

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こんにちは、石井です。

今日も先日通っている教会にて行われた「Mission conference」の講演を聞いて感じたことを記していきたいと思います。

地域社会の神の村

この主題で講演していただいたのは、清野勝男子先生です。

日本同盟基督教団 土浦めぐみ教会主任牧師。
全年齢層の人々が健康状態や生活状況に応じて豊かな教会生活を送れるために、教会には納骨堂、愛児園、福祉施設を備えている。

土浦めぐみ教会は、64年の歴史ある教会で、信徒と牧師や先生方と一体となった教会であると感じました。

主日に教会に集まり礼拝を捧げることはもちろん、様々な世代の方々が教会に集えるように0歳から2歳を対象にしたプリマナと呼ばれるクラスや2歳から未就学を対象としたマナ愛児園などを備えていたり、お年寄りのデイサービスなどもあります。

全世代の方が様々なサービスを通してイエス・キリストを知るきっかけになるし、写真を紹介していただきましたが、信徒の方々がとても楽しそうにしていました。

地方教会は、車社会なので、駐車場がないと教会に通うのも大変だということで、信徒の数が増えていくと、駐車場の敷地も広げていきました。これらのこともしっかり計画されているからこそできるのだと思います。

我々の教会も大きく見習う点があると感じました。

どのようなクリスチャンになりたいか

清野先生は、クリスチャンとしての成長についても語ってくださいました。

クリスチャンとして大切なのは、どんなクリスチャンになりたいのか。
ただ漠然と信仰生活を送るのではなく、どのような目標を設定して日々努力していくかが必要です。

12 わたしは、既にそれを得たというわけではなく、既に完全な者となっているわけでもありません。何とかして捕らえようと努めているのです。自分がキリスト・イエスに捕らえられているからです。
13 兄弟たち、わたし自身は既に捕らえたとは思っていません。なすべきことはただ一つ、後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、
14 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。

フィリピの信徒への手紙3章12‐14節

パウロは、フィリピの信徒への手紙の中で『最終的な目標は天に召されて神とともに住むということ』であると言っています。その実現に向けてひたすら走ると宣言しています。

わたしはまだ明確な目標設定ができていないです。
だから毎日の信仰生活でも緩みが出てくる場面が多いですね。

パウロのように自分自身を見つめなおし、どんなクリスチャンになりたいのか自問したいと思います。

クリスチャン成長の3つの領域

①賜物の開発
賜物とは主なる神様から恩恵や祝福として与えられたもの、能力のことをいいます。
人それぞれ与えられた賜物は違います。ピアノの演奏、歌唱力、勉強、スポーツなど分かりやすいものから、心がやさしい、癒される存在という目に見えない賜物もあります。
この神様から与えられた賜物を生かして、神様が喜ばれる世界を実現することが大切です。エフェソへの信徒の手紙1章19節
19 また、わたしたち信仰者に対して絶大な働きをなさる神の力が、どれほど大きなものであるか、悟らせてくださるように。

フィリピの信徒への手紙1章11節
11 イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。

コロサイの信徒への手紙1章10節
10 すべての点で主に喜ばれるように主に従って歩み、あらゆる善い業を行って実を結び、神をますます深く知るように。

②人格形成
クリスチャンではる我々は、まず自分が罪人であると認識することが大切であると思います。
そのうえで、神様は私達に様々な恵みを与えてくださり、神様を知ることができるようにしてくださっています。
ですから、神の御国に入ることができるように、信仰生活をみことばにしたがって忠実に歩むことが大切です。
エフェソの信徒への手紙1章17節
17 どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、

フィリピの信徒への手紙1章11節
11 イエス・キリストによって与えられる義の実をあふれるほどに受けて、神の栄光と誉れとをたたえることができるように。

コロサイの信徒への手紙1章12節
12 光の中にある聖なる者たちの相続分に、あなたがたがあずかれるようにしてくださった御父に感謝するように。

ガラテヤの信徒への手紙5章22‐23節
22 これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、
23 柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。

③神への従順と献身
私達クリスチャンには、洗礼をすると聖霊が宿ると言われます。罪を犯すと自分の中にいる聖霊が働いて、時には叱ってくださり、癒してくださり、諭してくださいます。
神への従順と献身は、神様が望まれている姿になることであり、そのための努力を惜しまないことだと思います。
エフェソの信徒への手紙1章17‐18節
17 どうか、わたしたちの主イエス・キリストの神、栄光の源である御父が、あなたがたに知恵と啓示との霊を与え、神を深く知ることができるようにし、
18 心の目を開いてくださるように。そして、神の招きによってどのような希望が与えられているか、聖なる者たちの受け継ぐものがどれほど豊かな栄光に輝いているか悟らせてくださるように。

フィリピの信徒への手紙1章9‐10節
9 わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、
10 本当に重要なことを見分けられるように。そして、キリストの日に備えて、清い者、とがめられるところのない者となり、

コロサイの信徒への手紙1章9節
9 こういうわけで、そのことを聞いたときから、わたしたちは、絶えずあなたがたのために祈り、願っています。どうか、“霊”によるあらゆる知恵と理解によって、神の御心を十分悟り、

クリスチャンとして成長するための3つの領域について学びました。

  • 賜物の開発と聖別
  • 人格の変化
  • 神への従順と献身

それぞれの領域について、深く理解して、主日だけではなく、普段の生活の中でもこれらのことを意識して生活できるようにしていきたいと思います。


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