私達ひとりひとりがキリストの体

記事が気に入りましたら、シェアをお願いします。

こんにちは、石井です。

最近、仕事をしていると、体の変化に気が付きました。

まずパソコンの数字が見ずらいです。6か8はもはや区別ができない。
眼鏡もかけず、裸眼でここまできたけれども、だんだん老眼が近づいてきたという実感があります。
先日、話題の「Hazukiルーペ」をかけたら、見やすかった笑

あと、昔は忙しい時期は徹夜しても、なんとか頑張れましたが、今はさすがにきつくなってきました。

こうした体の変化に気が付くと、気持ちはいつまでも若くいられても、体はしっかり手入れをしないとだめだなと気づかされます。

コリント信徒への手紙一12章27節から31節

27あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。 28神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。 29皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。 30皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。皆が異言を語るだろうか。皆がそれを解釈するだろうか。 31あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい。

よくクリスチャンひとりひとりがキリストの体であるという表現をします。

人間の体も数多くの部分からひとつの体を形成しているのです。
仮にある部分の機能がだめになったり、病気になるだけで体全体に影響してしまいます。
同様に、クリスチャンのひとりが不信仰になったり、罪を犯したりすると全体に影響してしまうのです。

逆に、わたしたちは、神様から様々な賜物を頂いており、人それぞれ違います。
しかし、その賜物をもったひとりひとりが集まるとキリストの体となり、大きな力となるのです。

31節には「あなたがたは、もっと大きな賜物を受けるよう熱心に努めなさい。」とあります。
なんともっと神様は賜物を与えようとしてくださっているのです。

まずは心身ともに健康を維持して、信仰生活を行い、神様からの賜物をいただき、キリストの体の一部として貢献できるようになりたいです。


当ブログを応援いただきありがとうございます。
更新の励みに、1日1回ポチっとお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

フォローをお願いします。