キリストとの新しい契約

記事が気に入りましたら、シェアをお願いします。

こんにちは、石井です。

今日は主日ですので、教会で礼拝を捧げてきました。

やはり仕事が忙しくて、土曜日に休日出勤しても、日曜日の礼拝に参加すると、心身ともに元気になるのは、イエス・キリストの恵みですね。感謝です。

マタイによる福音書9章14-17節

14そのころ、ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と言った。 15イエスは言われた。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる。 16だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。新しい布切れが服を引き裂き、破れはいっそうひどくなるからだ。 17新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。」

この箇所は断食についての問答になります。

バプテスマのヨハネの弟子が「なぜあなたの弟子は断食をしないのか」とイエスに訪ねています。

当時の熱心は信仰をもっているユダヤ人は、断食を行っていました。
それにもかかわらず、イエスの弟子は、マタイの家で、取税人と豪華な食事を食べていたのです。

神の国に入る人は、四十日四十やパンも食べず、水も飲まなかったモーセのような人だと思っていた。断食をしないものは戒めを守っていない人だと思われていたのです。

それについて、イエスは、自身を婚礼の花婿に例えて答えられます。

花婿がいて、一緒に交わりの時間を持っているのである、食卓には食事が用意されていて、花婿と一緒に食事をする。これこそが喜びである。
その時に断食をするものがいるだろうか。

さらに下記の2つの例を挙げています。

真新しい布をとって、古い服の次はしない。
新しい葡萄酒を古い革袋に入れることはない。

新しいものと古いものを混ぜてはいけないということを示しています。

この場合、古いものとは、モーセを通して与えられた律法の時代です。
新しいものとは、キリストによってもたらされた新しい契約です。

わたしたちは、キリストの十字架によって罪が許されて、新しいものとされました。
常にキリストが食卓に招いてくださり、喜びを感じながら一緒に交わりを持とうとしてくれています。

この大きな喜びを感じながら感謝の祈りをささげることが必要なのです。


当ブログを応援いただきありがとうございます。
更新の励みに、1日1回ポチっとお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ

フォローをお願いします。