隣人とは誰か

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こんにちは。堀本です。
休み明けということで、僕は頭が少しぼーっとしていました(笑)。反省反省。。

うちの会社では、バリュー評価という人事制度があります。社員が(自分と関わりのある)社員を評価する制度で、昇給の一つの指針として利用されるようです。自分視点で見ると、上長を含めて8-10人程度の人から評価を受ける形になります。

前期・後期にそれぞれ評価対象の人を変更しつつ、実施されるようになっており、ちょうど今日から来週までを期日として、評価をつける期間が始まりました。

今回僕は、9人への評価をつけなければならないのですが、いつも人の評価をつける時はなんだか緊張します。もちろん、一メンバーとしての評価ではあるので、影響力には限りがあるものの、自分のつけた評価がその人の評価の一つに繋がるということで、いい加減にはつけて良いものではなく、ちゃんと時間をかけてつけるようにしようと心がけています。

上長の人にも言われたのですが、僕は結構平和主義的なところがあり、評価を甘めにつけてしまう傾向があるようです。ですが、相手のことを思うなら、時には厳しいフィードバックを行なってあげることもとても大切であることがわかってきました。

理不尽に相手を裁く行為は罪だと聖書は言っています(マタイによる福音書7:1-2)。これに比べて平和主義というのは、一見良い印象を受けますが、それは相手の成長には目を向けない、無関心的な面もあることにも気づきとして与えられました。

聖書では無関心は罪と教えます。相手との正しい関係、信頼の置ける関係を作っていく上でも、ちゃんと相手の成長を願ったフィードバックができるようにしたいなと思いました。正しい評価ができるように、聖霊様の力に依り頼む僕でありたいものですね^^

今日の気づきに感謝です。

ルカによる福音書 10:29

しかし、彼は自分を正当化しようとして、「では、わたしの隣人とはだれですか」と言った。

追記

サーバントリーダーシップという書籍を読んでいます。心を込めて仕えることがどういうことであるのか、考えさえられました。

最近、少し奉仕というものを軽視していた面があるので、悔い改めたいですね。


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