江戸大殉教の巡礼

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こんにちは、石井です。

今日は台風一過でとても暑い一日でした。
そんな中で、教会のみんなと「江戸キリシタンの巡礼」に行ってきました。

江戸キリシタンの殉教

今から400年前の江戸時代、徳川幕府の禁教令により、キリシタンは迫害を受けてきました。
1549年にフランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、布教を開始して、多くの人々がキリシタンとなりました。

しかし1587年に豊臣秀吉がバテレン追放令を敷き、キリシタンと26人の宣教師が長崎で処刑されました(日本26聖人)。

その後、江戸にもキリスト教の教えが伝えられ、家康も条件付きで布教を認めていたものの、結局1612年に禁教令がでて、キリシタンの迫害が始まりました。
聖堂などの施設は取り壊され、多くのキリシタンが殉教しました。

浅草・鳥越キリシタン殉教記念碑

浅草のカトリック教会の裏に、「浅草・鳥越キリシタン殉教記念碑」があります。
ここでは、聖堂や病院があり、キリシタンの隠れ場となり、ここを拠点に活動をしていたが、1613年8月に、一斉にとらえられ、二十数名が処刑された。

札の辻

札の辻は、東海道から江戸へ入る入口として、当時江戸へ入るために多くの人がここを通りました。

この場所で、1623年にイエズス会の神父やフランシスコ会の神父、ジョアン原主水など50人が火形によって殉教しました。
まさに多くの人が通る場所での処刑だけに、見せしめに処刑されたのです。

カトリック高輪教会

高輪教会では、教会の中を案内していただきました。
ここには、江戸殉教者顕彰碑があります。この碑は、1956年に殉教地である札の辻近くの知福寺境内に建立され、その後高輪教会に移設されたものです。

教会には、ジョアン原主水や大勢のキリシタンが火形に処せられている場面を描いた絵画がありました。

長く苦しんで殺すために、最初は小さい火でじわじわ殺していったそうです。
こんなことが、昔の日本で行われていたかと思うと、本当に悲しいと思います。

殉教とは

殉教とは何なのか。

今回使用した巡礼ガイドには、「殉教者とは信仰の心理を表すために、死ぬことさえ惜しまないで証しした人たち」という記述がありました。

ここまで強い信仰の心を持っていて、証しをするために、処刑されるということについて、殉教者たちは、どういう気持ちだったんだろう。
やはり信仰が揺らぐことがなく、死さえ恐れていなかったのだろうか。

単純に今の時代と比べることはできないと思うけど、それでもこんな証しを自分はできるのだろうかと自問しました。

現在の日本はとても恵まれており、信教の自由も憲法で保障され、だれもが持っている権利となりました。

しかし、世界では、まだ命を懸けて信仰を守っている人たちがいます。
この人たちに、わたしたちは何ができるのだろうか。

今後の信仰生活で考え、行動に移していきたいと思います。

とても良い巡礼でした。

追伸

カトリック高輪教会では、土曜日18時30分から、また日曜日もミサがあります。

このブログを一緒に書いている堀本君と一緒に今度ミサに参加してみたいと思います。

あたらしい人も受付にお伝えすれば、ミサに参加することができますよ。

プロテスタント、カトリック関係なく一度参加してみてはいかがでしょうか。


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