種をまく人のたとえ

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こんにちは、石井です。

最近、仕事で外出することが多いので、梅雨は嫌ですね。

でもさすが東京だけあって、神楽坂でドラマの撮影がやっていたり、日本橋ではダウンタウンのまっちゃんがロケしてたりして、びっくりでした。

筋肉がすごくて、なかなかいい体でした。

マタイによる福音書13章1-9節

1その日、イエスは家を出て、湖のほとりに座っておられた。2すると、大勢の群衆がそばに集まって来たので、イエスは舟に乗って腰を下ろされた。群衆は皆岸辺に立っていた。 3イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。 4蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。 5ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。 6しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。 7ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。 8ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。 9耳のある者は聞きなさい。」

この種をまく人のたとえは、聖書を読んだことがある人は知っている人も多いと思います。

イエスは様々なたとえ話をしながら、私達に天の国の事を教えてくださいます。

1、ある種は道端に落ち、鳥が来てたべてしまった
2、ある種はすぐに芽を出したが、根がないため、すぐに枯れてしまった
3、ある種は茨の間に落ち、茨が伸びてふさいでしまった
4、ある種は良い土地に落ち、実を結んで、100倍、60倍、30倍になった

このたとえを群集に聞かせていたのです。

蒔かれた種が、キリストの教えを信じる信仰の種とするならば、1番はその種を食べられてしまったのです。クリスチャンであっても、教会に来なくなる人や信仰生活から離れてしまう人がいます。

種を蒔かれた人は、特に注意して、様々な誘惑によって、信仰の種が食べられない様にしないといけません。

2番は信仰の芽は出るけれども、すぐに枯れてしまう人です。これらの人も多いです。
信仰の根がしっかりしているのか、信仰が薄くなってしまっていないか、自分もそうですし、隣人にも目を配る必要があります。

3番は茨がふさいでしまったということです。主日で教会にいるときは、信仰の心が強くなっても、普段の生活の中では、様々な誘惑が押し寄せてきます。
それらに心を奪われてしまうと、誘惑に覆われてしまい、やがて信仰が亡くなってしまいます。

最後にイエスは信仰の種が良い土地に落ちて、実を結べば100倍、60倍、30倍の実を約束しています。

それには、9節の「耳のある者は聞きなさい。」という言葉に集約されています。
教会にいる時だけじゃなく、普段から聖書の御言葉に触れ、主に祈りを捧げ、賛美を口ずさんでいれば、種は必ず実を結びます。

良い種を私たちのために用意してくださったイエスに感謝します。

この良い種を自分だけでなく、周りの人々にも種を蒔き、育てていけるよう頑張りたいですね。


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