好きは感情、愛は意思

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こんにちは、石井です。

今日で7月も終わりです。
年をとると、本当に時間が過ぎるスピードが速いですね。
あっという間にクリスマスがあり、お正月があり、平成が終わってしまいそうです笑

先日、教会でクリスチャンの結婚についてのセミナーがあったのですが、先生のお話の中で、「好きは感情、愛は意思」というキーワードがとても心に残りました。

10代や20代は恋愛が生活の中心にあり、学校で好きな人ができて、お付き合いをして毎日が楽しかったです。

相手を好きというのは、まさに感情です。
相手のささいな言動に一喜一憂して、心が揺さぶられました。
当時はそれが愛だとも思っていました。

教会では、キリスト教は愛の宗教だと言われます。

罪のある人間のために、神様は独り子であるイエスキリストを我々に送ってくださり、十字架につけられて死なれました。

当然神様は事の成り行きは分かっていたのにもかかわらず、私達人間を愛するという意思でイエスキリストを送ってくださったのです。

聖書には隣人を愛しなさいと書かれています。

私たち人間は、好きな人もいますが、残念ながら嫌いな人もいます。
感情だけで言えば、愛することはできません。

しかし、嫌いな人でも愛するという意思を持って接しないといけないのです。

結婚でも愛することを互いに誓います。

好きという感情があるうちはいいのですが、お互いに大変な時期も嫌な時も愛するという意思をもって接することが大切なのです。

愛するという意思を持つことは覚悟が必要です。
自分にとって嫌な人でも、愛するという意思が必要なのです。

好きという感情だけでなく、愛するという意思を持って、周りの人々と関わっていけるように、また助けになれるようにできる限りのことはしたいなと思います。


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