天の国のたとえ

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こんにちは、堀本です。
今日は恵みの主日として、兄弟姉妹たちとともに礼拝を捧げられた恵みに感謝いたします^^

今日のメッセージ箇所は、マタイによる福音書13:44-52でした。本日の箇所では、3つの例えを持って、天の国について証をされています。

3つの例えは、どれも共通したメッセージを私たちに伝えてくれています。まず、天の国というのは、僕たちからは隠されたものであることが書かれています。

僕たちは、自分たちの努力を持ってこの隠された「天の国」というものを見つけることはできません。

今僕たちに与えられている、天の国(イエス様の救い)というのは、一方的に神様から恵みによって与えられたものであることを再度知りました^^

この愛の大きさというものが、救われて時間が経っていくにつれて、当たり前のことのように感じられ、感動が薄れていってしまっているところが僕にもあったなと、気づかされました。

主の大きな愛に、心から感謝です^^

例えの中で、価値あるものを手にいれる際に、僕たちが持っているものをすべて手放すことが書かれています。

イエス様の救いというものは、(救われる前)僕たちの持っていたものすべてにはるかに勝る大きなものであることに感謝です^^

今日のメッセージを通して、僕自身の信仰をもう一度よく振り返る良い機会が与えられたなと思います^^

今日与えられた気づきを、もっと深く黙想し、次なる一週間に活かしていきたいものですね^^

今日一日の、すべての神様からの恵みに感謝いたします^^

メッセージメモ

みことば

創世記27:36

エサウは叫んだ。「彼をヤコブとは、よくも名付けたものだ。これで二度も、わたしの足を引っ張り(アーカブ)欺いた。あのときはわたしの長子の権利を奪い、今度はわたしの祝福を奪ってしまった。」エサウは続けて言った。「お父さんは、わたしのために祝福を残しておいてくれなかったのですか。」

追記

今日は、富山教会から東京に来ていた姉妹の誕生日お祝いに立ち会えて感謝でした^^

また、夜には久しぶりに来た兄弟とお話しすることができて感謝です^^

また、今日は伴奏奉仕がありました^^

まだまだ実力的に足りないなと感じるところもありましたが、主が立たせてくださっていることに感謝し、仕える心を持って、感謝を忘れず、投げ出さずに頑張っていきたいものですね^^


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