消防車好きのクリスチャンのお話

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こんにちは、石井です。

先日、教会にあたらしい人が来られました。
とは言っても、福岡で教会に通われている女性のクリスチャンの方ですが、なんとこの方は消防車がとても好きだということでした。

礼拝が終わり、教会近くの消防署に行きたいということで、5人で案内したのですが、ちょうどシャッターが空いていて、それを見たとたん、猛ダッシュで走り出しました。

呆気にとられながら私達も後を追うと、今度は奥にいた消防士のところに走っていき、ひとりで見せてほしいと交渉して、なんとOKをいただいてきました。

その行動力はすごいですね。

4,5台の消防車があったのですが、それぞれどういう場合に使用するか本人はすべて把握しているらしく、消防士も「なかなかこんなに詳しい人はいない」と驚かれていました。

当の本人は嬉しそうに写真を撮っていました。

そんなとき、救急車の出動命令がでたということで、みんなでお見送りをして帰ってきました。

ここまで好きなものがあるってことがうらやましいなと感じた出来事でした。

エフェソの信徒への手紙3章20節

20わたしたちの内に働く御力によって、わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方に、
私が洗礼を受けたとき、私の中に聖霊が入ってくださったという感覚がありました。
自分の祈り課題を教会にいる時も、いない時も祈りを捧げていました。
すると本当に祈り課題が叶ってしまったのです。
しかし罪にも敏感になりました。聖書で罪とされていることを自分がしてしまったときに、敏感に感じるようになりました。
一時はなにもかも、自分が行動したり思ったりすることすべてが罪と思えるときがあり、苦しくなった時期もありました。
しかし、洗礼を受けた当時のこの敏感な感覚はいつしか失われ、いつも見守っていてくださる主に感謝を忘れてしまっている自分がいます。
このことを反省し、今日から新たに信仰生活を歩んでいきたいと思います。

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